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序章 カンボジアってどこ?



ここはカンボジアの首都プノンペン市。人口約100万人。カンボジアの政治経済の中心地である。一般にカンボジアと云えばアンコールワットが浮かぶ、NHKのアンケート「行ってみたい世界遺産」の第5位にランキングされた、正式にはアンコール遺跡群だが、東南アジアでは最大規模の世界遺産は首都プノンペンから飛行機で1時間のシュメルアップという都市に隣接している。
さて、スズキ建設カンボジア支社はプノンペン市内の63通りにある、さして大きくない3階建ての一軒家にある。

3階に所長の中畑誠二が寝起きをする寝室とリビングがある。1階が事務所。2階は資料室と倉庫という構成だ。事務所には女性現地スタッフ3人が常時いる。
さして広くはないが、クルマが3台は収容できるタイル敷きの一階には、税金免除で日本から輸送したランクル.プラドと現地で買った中古のバンが停められている。

cambodia.map.jpg毎年、計上される日本の未開発国援助資金(以下ODA)は世界でも指折りの金額で、日本のゼネコン各社は、ODAの予定される国へは素早く海外支社を設立し、現地で入札するシステムを構築している。スズキ建設のカンボジア支社もその経路に沿って、1998年、開設された。
カンボジアは国を上下に縦断するカタチで東南アジア最大の大河メコン川が流れている。
この川のおかげで上流から肥沃な土がカンボジアに流れ込み、かってはコメの2期作、3期作が可能だった。また、海抜の低いカンボジア南部では雨季になると海の水が逆流してきて、南へ流れる川の流れを逆に北へ押し上げる現象を起こし、アンコール遺跡群の南のトンレサップ湖が逆流してきた水で満潮になるという不思議な光景に出くわす。
しかし、これは今も同様で、トンレサップ湖は東南アジア最大の淡水湖でありながら、多種多彩な魚群に恵まれた生態系を今も維持している。
日本のカンボジアに対するODAは、戦渦が癒えた1985年から連綿と続いており、その資金は主に 道路網を中心とする国のインフラ整備に割かれていた。
得に、カンボジアを流れるメコン川に分断された東西のエリアを繋ぐ大型の橋梁工事は、日本の技術の独壇場で、既に2つの大型橋梁を完成させていた。
最初に首都プノンペンからメコン川を跨ぐ、幅5m長さ200mの"日本橋"(1992年開通)。
次に100km北上したコンポンチャムという地域に同じくメコン川を跨ぐ幅6m長さ400mの"きずな橋"(2002年開通)。
そして今、第三の橋、ネアックプルーン橋梁工事が動き出していた。

スズキ建設は、支社長中畑に工事受注の契約を厳命した。
最初の日本橋は、保守的なスズ建の社風から手を出さず。きずな橋で、ようやく重い腰を上げた時は既に競札レースに出遅れており、必至のばん回も叶わずライバルに持って行かれた。総工費30億は日本では中級の工事だが、人件費、物価の安いカンボジアでは利益率が日本の3倍近い。
不景気と公共工事縮小の流れにある国内市場は今後マイナス成長しか見込めず、ODAによる海外需要は会社の新たな柱に成長する可能性に満ちている。

第一章 恐怖の凸凹トリオ



プノンペン国際空港へ、中畑はランクル・プラドで出迎えにきた。
本社海外営業部長、佐々木と営業部、浜崎の二人を迎えるためだ。
メコン川第3の橋ネアックプルーン橋梁工事の入札を2週間後に控えた、4月17日の朝9時着のタイ航空便で二人はやってきた。
「暑いねぇ。南国だ、ここは。」
佐々木部長とは初顔合わせの中畑が緊張して挨拶をすると、谷啓によく似た佐々木部長はそう言った。
tsu.hamazaki.jpg「はい、今がカンボジアは乾期の真っ盛りで、一年でも一番暑い時期です。」
「だから。こんな時期はやめようっていったでしょう、ぼくが。」
笑いながらハマちゃんが中畑に、「ども。」という感じで手を上げながら答えた。
中畑は海外部に移動する前に営業三課にも在籍した時期があり、浜崎とは旧知の仲だった。 佐々木は 「今が重要なんだよ。この入札には社運が懸かってるんだ。」
毅然として、佐々木は浜崎を無視して、中畑に言った
「まずは、ホテルにお入り下さい。」
二人を後ろの席に乗せて、助手席に中畑が乗り込む。
現地人ドライバーが、カンボジアで最高級のインターコンチネンタル・ホテルへ向かった。

一泊300ドル。ツインルームだが、カンボジアではベらボーに高い料金だ。
設備がほぼ同じで一泊100ドル以下のホテルは山ほどあるが、そこは本社部長。この上はスイートルームしかない。浜崎はヒラだからその100ドル以下のホテルでもいいが、同行だからそうもいかない。

ロビーの喫茶でコーヒーを飲んでいると、ライバルのフジヤマ建設のカンボジア支社長、高木が、日本人二人を連れてロビーに入ってきた。おそらく、自分とお同じで、本社の偉い様がハッパをかけにきたのだ。高木は、二人が部屋へ上がるのを確認して、すぐ玄関に留めてあるクルマで出かけた。
そうしてる間に、スーツとネクタイ姿だった佐々木と浜崎が、ポロシャツとコットンスラックスに着替えて降りてきた。
佐々木が、直ぐに橋の架かる現場を見たいと言うので、部屋でのんびりしたい浜崎も渋々、ついてきた。日本を昨夜の0時20分発の深夜便でタイへ飛び、タイのドムファン国際空港で1時間以上のトランジットの後、カンボジアへ出発という、やや過酷なフライトだから浜崎の気持ちも判る気がする。

tsu,sasaki.jpg「どうかね、中畑君。とれそうか?」
佐々木は勢い込んで、クルマの中で中畑に聞いた
「はい。万全を尽くしています。とりたいです。」
「問題点は何かあるかね?」
「はい。資材の搬入が一番のネックです、重い資材を運ぶにはメコン川の水位が上がる9月から12月の4ヶ月しかありません。それが、工事の進行具合とうまく合えばいいのですが、少しでもずれると、下手すると一年工事が渋滞する可能性が出てきます。」
「そんなもん、余分に運んでおけばいいじゃん。」
お気楽な浜崎が口を挟む
「工事の開始は川の水位が一番低い3月位から始めますから、12月に運んだ資材を3ヶ月放置しておく事になるのも、無駄なんです。」
佐々木が
「予算にゆとりは持たせられないからなぁ。」
「でもそれは、どこも同じでショ。」
また、お気楽、浜崎だ
「それらのロスをどこまで計上するかです。」
中畑も浜崎を無視してしゃべっている。

「運転手の給料いくらなの?」
浜崎が唐突に、中畑に聞く
「は、このクルマのドライバーのこと?」
浜崎が
「そう。月給いくらで雇ってるの?」
「100ドルです。」
「へー。安いな。12000円か。」
「浜崎君、日本と物価がちがうんだよ。」
佐々木がたしなめる
tsu.nakahata.jpg「じゃあ、大型のトラック雇って、陸路で少しづつ運んだら。ドライバーも安いならトラックだって安いでショ。」
浜崎が簡単に言う
「うーん。20トントラックに積み替えの手間とか考えると------」
佐々木が
「浜崎君、たまにはいいこと言うね。そうだよ。大物だけ船便で運んで小物はトラックで ピストン輸送だよ。」
「必要なモノを必要なだけ現場へ運ぶ。トヨタのカンバン方式だ。」

浜崎と佐々木は、所詮傍観者だけに考え方が表面的だ。カンバン方式とネーミングはしなかったが現地の中畑は、海と陸の分割輸送はすでにシュミレーション済みだ。
問題はカンボジアのトラックのドライバーも含めた労働者の質だ。
早い話が、机上論でカンバン方式といっても、ドライバーを含めて現場の全てが、スケジュールを護るという責任感がなければ絵に書いた餅だ。
そのくらい、カンボジアの労働者の質は極めて悪い。
「OK!」「OK!」笑顔で、よどみのない大きな目で、そう言われると、まさか納期に間に合わない事はないだろう。とタカをくくると、とんでも八分だ。予定の2/3も進んでない場合がしょっちゅうなのだ。
この労働意識を改革しない限りカンバン方式なんぞは夢物語だ。
しかし、それを、日本人に説明するのは、これまた大変なのだ。
中畑が黙ってそんな事を考えていると。浜崎が
「要するに、敵の見積がわかればいいんだ。」
中畑は浜崎の頭を殴りたくなった。その時、バシッという音と共に
「それがわかりャ、苦労しねえよ!」
と佐々木部長が怒鳴った。手がゲンコツを握っていた。 浜崎は目の前に北斗七星が煌めいていた。

クルマはメコン川第三の橋、ネアックプルーン橋梁工事予定地へ着いた。
そこはカーフェリー乗り場だった。平日だから空いている方らしいが、フェリー乗り場まで2列30mくらいのクルマの行列が順番を待っている。徒歩やバイクの人もいる。
中畑達もクルマで乗ってみる事にした。2台のカーフェリーが運行しているためか、以外と早くフェリーに乗り込めた
乗り込むとすぐ売り子が、お菓子、飲み物、食材などを押し売りにくる。断って断っても次々と ウインドーを叩く。中畑が水を4本買うと、食材やガム、たばこなどさらに集まってくる。
浜崎は楽しそうに何か喋ってた、でも日本語だった。

フェリーに乗ってる時間は5分弱だが、佐々木はとても長く感じた。
対岸へ着いて、いったんフェリー乗り場からでて、川が見渡せる高台で休憩した。
ぼんやりとフェリーを眺めながら、佐々木は初めて訪れたカンボジアという国を考えていた。
浜崎は、フェリーではなく川をジーッと眺めていた。どうせ、何が釣れるか考えているだけだ。
中畑は、この連中いつまでいるのかな?と付き合うのが面倒な気分になっていた。

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